2007年04月23日

とても怖かったんです

私、周りから「強い」って言われます

全然弱いです

言いたいこともちゃんと言えなかった

人と接するのもこわかった

明るくする事で自分を中傷する事から守っていた

周りの人が怖かった

自分の気持ちを言葉にして人に伝える事がこわかった

信じて貰えない事がこわかった

「嘘つき扱い」される事が怖かった

笑顔で自分を隠していた
posted by konoka at 07:36| Comment(6) | TrackBack(0) | ジストニア患者の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

「心因性」が苦しめるもの

平成14年9月人生は一変した

病気は私から何もかも奪った

「治りたい」「もとの身体に戻りたい」
「どうして私がこんな病気にならなきゃイケナイの」
「何か悪いことしたの?」
「神様が罰を与えたの」
「どうして私が選ればれたの」

理解の無い医療は、言葉で私を益々窮地へ追い込んだ
苦しみから「逃れたい」願いまで断ち切られた
「心因性だから外科処置は出来ない」
「心因性なんだから自分を治す必要がある」
「自分が治りたいって思っていないんだ」
「自分が好きで病気になっているんだ」

素直に「自分が悪いからジストニアになったんだ」って思った
全く疑わなかった。
何故疑わなかったか。最近になって分かったコトなんだけど
小さい頃から言われ続けた「言葉」だったからだ
言われることが当たり前だったから自然に入ってきたしまった
「お前が悪いんだ」
「人の言うことを聞きなさい」
「素直じゃ無い」

そうだ、私が悪いから病気になったんだ
私が悪いんだ
「私が悪い」
みんな私を責める。でもそれは私が悪いから責めるんだ。
私なんか・・私なんか・・。

でも小さい頃から
「分かって」
「私を受け入れて」
「私を大好きだ。って言って」
そしていつもいつも思っていた
「分かってくれない」って

私は家族にも心を開いていなかった
「こんなに頑張っているのに認めてくれない」
「私を責める」
私を理解してくれない
全部私のせいになる

家族にたいしての考えが変わったのは発症がきっかけだ
どんなに「苦しんでも」責めない
泣いても、黙って「泣け」って言ってくれる
先生や看護師みたいに「泣くな」とは言わない
「大人のクセに甘ったれるな」とも言わない
ただじっと・・一緒に居てくれた
唯一の見方だった家族を苦しめたくなかった
精神的にも、金銭的にも、体力的にも限界なのが伝わった

私がワガママを言ったり発作を起こすのも苦しい表情を押し殺しながら付き合ってくれる
その苦しい表情が、尚更辛かった
その反面「これでもか。これでも私を見捨てないのか」
って確かめていた気もする
反面「このままだったら、家族を失う」って事も分かっていた
容赦なく世間は私を責めた
「よく離婚されないよね、家族の為に施設に入ろうって気持ちはないの?」
「家族の事を考えなさい」
言われなくても考えてた
でも金銭的な理由がそれを許さなかった

それから
「家族に苦しい表情をさせたくない」「見たくない」
「病気の苦しみから逃げたい、楽になりたい」
自殺への逃避が始まった
でも死にたくない。生きていたい。
死にたくなんかない・・。
助けて欲しいだけだ
死にたいワケじゃないんだ
分かって欲しいだけなんだ
分かってくれようとする家族を苦しめる「自分」が許せないんだ

ある日大量に薬を飲んだ私を見つけた子供が言った
救急車を呼んだ子供は泣いている私に言った
「お母さんが死んだら、僕は生きてなんかいけないんだよ」
はっ!とわれに返った
「心因性」って言葉は私だけじゃなく家族までも苦しめていた
子供は「自分が迷惑掛けていたから病気にさせてしまった」
そう思って苦しんでいた。
救急で運ばれた病院では又聞こえるようにいわれた。
女医と看護師だ
「忙しい?そうだよね。私もいそがしいのさ」
「そんな時に限って、こーーんな患者が来るのよね」
「あーーいやだいやだ」
その会話の中に1人の看護師が叫んだ
「止めてください!どうしてこの人が自殺しようとしたのか分かってあげようって気持ちは無いんですか!!」
それを言われた人達は口を開かなくなった
処置される苦しさよりもあの看護師の言葉に涙が出た。

多分。その日から「心因性」の言葉と闘い始めたと思う。
何度も何度も死にきれなかった
いや。死にたくなかった。
生きていたかった
「治りたい」って叫んでいた
医療が治せないなら、この苦しみから解放されないのなら
この世から居なくなるしかなかった
でもその日から「自殺への逃避」は止める事にした。

思い出せる所まで日記にして残したかったんです(^_^)b
きっと沢山の人が「心因性」ってたった1つの言葉に色々な意味で苦しんでるって思います。
思い出した事は書いて誰かに何かが伝われば良いって思って書きました。





posted by konoka at 07:43| Comment(5) | TrackBack(1) | ジストニア患者の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月06日

ちっちゃな見栄?

今日は曇りのせいでしょうか

体調がすこぶる悪いたらーっ(汗)

背中はパンパンに張ってるし、手(パー)も意志通り動いてくれない

デパスが登場ひらめきしちゃいました

実は昨夜9時頃に立っていられない程(実際に転んだ)辛くなって「デ・・デパス」って思って薬に手(パー)を伸ばし
飲んだんですexclamation
Prisonに必死で休むのを手抜きしたからでしょうふらふら

はぁダッシュ(走り出すさま)って後は待つだけって思っていたらどんっ(衝撃)ってビックリしちゃいましたたらーっ(汗)
眠い(睡眠)する前に飲んでる薬でしたがく〜(落胆した顔)
「それさえも気がつかないで飲んじゃった」って事がショックもうやだ〜(悲しい顔)

手術してから「経口薬」は眠い(睡眠)前だけ飲んでマス
「リボトリール&セルシン&セロクェル」です
たったこれだけの組み合わせですが眠い(睡眠)出来ます

やっぱり「回復した」って言っても身体は緊張しているからかなぁ

バクロフェン受けてから何故か必死になって朝・昼・晩
3回の薬を自ら止めました

禁断症状出たらイヤだから少しずつ少しずつ減らしていったの

きっと「私は薬いらない位治った」って思いたかったのかもたらーっ(汗)

でも家族に言われた

「飲んだ方が良いよ」ってあせあせ(飛び散る汗)

言われなくても「飲もうかな・・・」って思っていた

デパスも13回で処方されているけど
頓服で使ってます

そっちの方が効くような気がしてるからグッド(上向き矢印)

ボルタレンも処方されているけど
どんなに痛くても手(パー)がでない

あ〜ぁ・・。

自分に見栄はってどうするんだろもうやだ〜(悲しい顔)
posted by konoka at 13:27| Comment(6) | TrackBack(0) | ジストニア患者の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月04日

私の本音です

私はHPの管理人。このブログもその一部。
ジストニア患者としてではなく、管理人でいなければイケナイ。
ここ数日で思っていた事です。
・・と言うか世の中の法則で「常識」として作り出され、生まれて育つ環境の中で覚えた事です。
ネット世界の中の「常識」かも知れません。

HPは初心者で、HTMLって何?CGIって何?ログ?タグ?IP?
HPBの使い方って本も必要で。でも読んでも意味不明で(笑)
RSSって何の為?RSSリーダーって役目何なの?
そこから始まりました。
だからとっても時間も掛かりました。

始めは「苦しんでいるのに診察拒否されて鬱病になってパニック起こして自殺未遂繰り返して・・」そんな事から回復して現在もその苦しみに引きずり込まれる恐怖と毎日・一分・一秒・これを書き込んでいる、たったこの瞬間も闘っています。
こうやって「文章にして残す」事さえも怖い。
そんな自分までになった過程を伝え、私にでさえ出来たんだから、あなたにも出来ますっていう様な事を伝えようって思っていました。

決して根っから「明るい」ワケではありません。
明るさを装っていないと暗闇に引きずり込まれるんじゃないかって
自己防衛です。

鬱病になってパニック起こして「精神異常者」って強制退院させられた病院。
自分で好きで病気になってる。って診断された病院。
何処へ行っても治療に繋がりませんでした。

恨み節並べればいくらでも出てきます(苦笑)
HPで伝えたい事は中心は「機能医を広めたい」です。
その根本には「苦しむ」から「暗闇の誘いと闘う」事を一緒に手伝ってくれる人を見つけて欲しい、って事かもしれません。

私が「機能」で一緒に闘ってくださる医師と出会えたから、この文章を読んで下さっている方も「同じ機能で出会える」とは限らないのは理解しています。

先日友人で「鬱病」と闘っている方からメールが届きました。
「自殺したい」って書かれています。
「鬱病」ってだけで偏見により「嫌う」人が多いのが現実です。
これも又メディアなどから影響を受けた結果かもしれません。
「鬱病」も普通の病気です。ただ「自分を守るために精神が病む必要があった」ってだけです。

地元で言われ続けた「鬱病になる性格だからジストニアになった」のでしょうか。

答えは探している最中です。ジストニアを治療できて共に闘おうって言って下さる医師に巡り会える事が出来ず・・先の見えない苦しみと生きていかなければイケナイ。っていう恐怖。
「結果の出る病気だったら、どんなに良かっただろう」って思いました。
「死ねる病気だったら良かった」って意味です。

管理人として。では無く「苦しみから結構抜け出せた1人」として日記書いていいでしょうか。

こう思えたのも「これからお友達になれる方」のお陰です。
本当に人との出会いには必ず得るものがぶらさがっています。

出会いは「ありがとう」のかたまりです
わーい(嬉しい顔)





posted by konoka at 11:10| Comment(6) | TrackBack(1) | ジストニア患者の私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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